2009年10月14日

人生に必要な無駄な時間

人生を豊かに過ごすためには、ゆとりの時間というか、無駄な時間も必要という。
でも、無駄な時間が多すぎると、虚しさを感じますね。

ひとりの時間と人とつながっている時間。両方必要だけど、バランスは人それぞれ。

これは意外と難しい。

やらなければ生活にならない時間。
やらなくても生活には困らない時間。

時間の使い方で、人生が大きく変わるのはイメージしているが、どう使えば、最終的に満足していられるかは難しい。

その場限りの楽しみを追求して、キリギリス的な生活をするのか?
将来を見据えて、アリのように生きるのか?

まあ、食うために丸一日仕事しても足りない人もいるだろうし、
なにも働かなくても生きていける人もいる。

自分に与えられた時間の中で、人は生きているのですが、
自分は、幼少期に少しだけトラブルがあって、ちょっとした楽しいことを見つけると
思わず飛び付いて、心を満たそうとしてしまう。

理由は分かっていても、勝手に心が体が反応してしまい、
喜怒哀楽の喜楽が極端に大きく依存するようになった。
もちろん、怒哀についても感情はあるよ。

人から見たら、テンション高すぎってことがあるわけです。
それについて考えると、もうとても疲れるのです。

しかし、そうやってバランスを保つことに慣れたので、一見無駄に見える時間が私にはとても重要な
必要な時間となっていることに最近うすうす気づき始めた。

少し違うバランスのとり方にスイッチしようと思っているのですが、しばらくかかりそう。
長年自分で作ってきたというか作ってしまったキャラがなくなるのはつらいのです。
そして、バランスの新しい取り方もよくわからんのです。

何となくのとっかかりが、カメラ。
カメラのファインダーを通して景色を見ていると、不思議と落ち着く。
そこにどんなことがあるのか。これから自分と向き合って探していかないと、
一日が24時間では足りなくなってしまう日は近づいています。
posted by アオキン at 10:26 | ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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